お久しぶりです、お元気でしょうか。この手紙を毎年都から渡してもらおうと画策して書いていますが、これで三十通を超えました。君は何歳になっただろうか。何歳であっても僕はずっと見守っていますから、君はのびのびと暮らすのが良い。 庭の桜はどうなったかな。毎年心配ではありますが、それももう僕の子供の頃からあるものだから相当なじいさんだ。君を楽しませるほどのものに育ってると良いと思っているよ。 都は何歳になったかな。今、書いている時から三十年だから六十かな。今の僕と同じくらいか、どうか僕より長生きしてほしい。 君は若い頃から先生として慕われて、多くの生徒と共に人生を歩いてきた。その一部に僕もなれて幸せだ。君は僕の人生のすべてだ。本当にありがとう。けれど君はどうか気負いなどせずに、僕を君の人生の一部と思って幸せになってほしい。 君の得意な料理を、今日も僕はいただいたよ。朝はハムエッグとバケットだった。サラダは庭でできたトマトと、典臣くんからもらったピーマンだ。バケットが焼き上がると今日もサクラが匂いをかぎにきたよ。あの子は本当に君に似て食いしん坊で、わかりやすくて可愛らしい。彼女の鼻が動くところに美味しいものありだ。 僕はもうあまり鼻が効かなくなったから、香ばしい香りもよくわからないよ。けれど、君と、サクラと、都と、豊と弘人と、一緒にいたいから生きていける。 さきほど三十通書いたと言ったけど、改めて数えてみたら三十四通だった。我ながら頑張ったと思う。 君のおかげで、多くの家族と共に生きることができた。若かりし頃、君の忘れていったハンカチを追いかけて届けた、ただそれだけの事がこんなにも大きな世界を作り上げるとは、僕はまったく思わなかったよ。 君と出会った事で紛れもなく世界は変わった。僕の世界は輝き、生徒さんの世界は広がった。これは本当に素晴らしいことで、偉業なんだ。 君は謙虚だからそんなことはないと言うだろう。でもどうかわかってほしい。君を愛する、君が愛する僕が言うから。 千夜子さん、君の素晴らしいところを多く挙げよと言われれば、それこそ千の夜を越えてもまだ足りないほど多くある。君が暮らした日々、それらが君を作った。素直で清らかな心と思慮が、僕たちを励ましてくれる。 僕はもう行かなくてはならないけれど、千夜子さんはきっとまだまだ素敵な日々が待っているから、悲しまずに暮らしてほしい。サクラも、都も豊も弘人も、それを望んでいるよ。 追伸、七夕はよく雨が降ると言うけど、僕はその雨に乗ってきっと千夜子さんの元へくるからね。車を洗って、綺麗にして、おめかしをしてくるから、必ずまたデートをしよう。帰りにはちゃんと家へ送り届けるから、安心してほしい。 そしてまた来年、会いましょう。 慶造