先生こんにちは。ほぼ毎日お会いしてるのにこんなふうにお手紙を書くなんて、女学校の頃を思い出します。お友達に小さく折りたたんだ手紙を渡して、授業中に読んで笑って、先生に今日はバレた、今日はバレないとからから笑ったものです。 先生に初めてお会いしたのは私が結婚してからです。確かお正月明けだったでしょうかね。産後、疲れがたまってしまって、娘をお手伝いさんに預けるのは嫌だし、お義母さんも嫌だし、夫は長男風情で家のことは任せきり。そんな時でした。 先生が参道の店先にちょこんと座って甘酒を飲んでいまして、なぜかその姿を私、じっと見てしまったんです。後からみすぼらしいことをしたと反省しましたが、その時多分、その甘酒が飲みたかったんだと思います。 そしたら先生がこっちに気付いて、娘を可愛いって言うんです。抱っこさせてくれって。 私は同時に肩の荷がどっとおりたような気がしました。隣に座って、おくるみごと渡して、あなたは甘酒をもう一杯頼んで。よしよしって、娘をあやしてくれました。 届いた甘酒はとても甘くて、熱くて、娘の体温とは違うものを感じました。煮詰めてるんですから当然ですけどね、その時はもうこの子を生かすも死なすも私にかかってると思って恐怖でしたから。齢二十一歳、学生のような幸せはもう来ないのだと思い知らされた矢先でした。 娘は先生の手の中でにこにこ笑って、それから眠りました。ふくふくとして良い子だわ、あなたの子でしょう。って、その時先生が言ったんです。私なぞどこかのお手伝いにでも見間違えられてばかりの、品位のカケラもなかったのに。どうしてわかるんですか、って尋ねると、だってそっくりだもの! と先生は答えました。 きっとどこへ捨てても分かるわって笑う先生の顔を見ていると、ようやく、この子の血のつながった親として自分もちゃんと生きているんだと思えるようになったんです。 娘の体重は重いし、甘酒は甘くて熱いし、正月明けで寒かったですしね。 あれからもう半世紀近く経ちますよ。私の孫も結婚して、もうじきひ孫が生まれます。孫は娘にそっくりだし、きっとひ孫は孫にそっくりでしょうね。 正月明け、あの神社の参道へ行ってきました。先生とも行きましたけど、その後また一人で。 初詣の際は行けませんでしたが、あの茶店の甘酒は少し高くなりました。先生が食べたがってたおしるこを頼むと、丸餅と栗が入っていて、美味しかったですよ。夏は冷やしぜんざいになるというので、ぜひ行きましょうね。 日出子